愛知、三重

1992年4月26日、朝日新聞

外国人児童・生徒の教育相談室「こんにちはなごや」

マサちゃんは、いつも一人ぼっちだった。ブラジルから名古屋市南区の小学五年クラスに昨年十月、転校してきた女の子。なぜか友達が話しかけても、膨れっ面しか見せない。

名古屋市教委
 

「どうしてなの?」。クラス仲間はマサちゃんの気持ちが知りたくて、一通の手紙を書いた。 「マサちゃんは日本語が分からないし、私たちもポルトガル語が分からない。でも、お互い言葉を勉強して、お話ができるようになったら遊ぼうね」 手紙は、もちろん日本語。担任は、名古屋市教委が開設している外国人児童・生徒の教育相談室「こんにちはなごや」にファクスで送り、ポルトガル語訳を依頼した。

手紙を読んだマサちゃんは、しばらくして返事の手紙をしたためた。ポルトガル語だから、クラス仲間には全然、理解できない。「今度は日本語に」と、マサちゃんの手紙が「こんにちは」に送られた。

手紙を翻訳して意思疎通

「初めに、私は謝らなければなりません」

「こんにちは」スタッフの薗田さんは、手紙を訳すうち、一人ぼっちの少女の胸中を聞き入るような気持ちになった。

進級

「怒った顔を見せたこともごめんなさいね。でも、いつも私は皆にポルトガル語で話しているのですよ。……私がほほ笑まない時、私はあなたたちのほほ笑みを必要としているのです」。そして最後に、こんな詩が添えてあった。

「私の前を歩かないで 私は付いていけないから 私の後を歩かないで 私は案内できないから だからいつも横にいてね いつも友達でいたいから」

マサちゃんは今、6年生に進級。「あの手紙以来、日本語を一つ覚えるごとに、クラス仲間と仲良しになっていく」と担任も胸をなでおろしている。

全国初、外国の子供たちの相談

ブラジル、中国、ペルー、インドネシア、ミャンマー

マサちゃんとクラス仲間の心を結んだ「こんにちはなごや」の相談室は、名古屋市教育館(中区錦三)に、1993年12月できた。言葉が通じず、習慣も異なる外国の子供たちの相談場所は、全国初の試みだ。

室内の机上には「日の丸」と18本の国旗が並んでいる。ブラジル、中国、ペルー、インドネシア、ミャンマー……。市内の小中学校に通うすべての子供の国籍を表している。

ポルトガル語、中国語、スペイン語

当初、急増する日系ブラジル人の子供を想定してポルトガル語のスタッフ二人だけだったが、四月から中国語と、ペルーからの子供を考えたスペイン語のスタッフが一人ずつ加わった。

薗田さんは、五年間ブラジル在住経験がある主婦だが、あとのスタッフは留学生。中学校長OBの近藤たま男さんが、助言者としてスタッフを束ねる。

100件超の相談件数

毎週月、水、金曜日午後二時から五時までの窓口には、これまで100件を超す相談が寄せられた。子供が相談室を訪れるケースもあるが、学校の先生からファクスが舞い込むことも多い。

「子供の作文を日本語に訳して」「子供にこんなことを教えたいが、ポルトガル語では?」--。先生からの依頼を受け取る度に「言葉の違いで途切れがちな、教室の意思疎通をカバーする役目」と、薗田さんは感じている。

家庭環境調査表

新年度が始まり、忙しくなった相談室のファクスが、また鳴った。中学校から翻訳の注文だ。ブラジル人の親へ伝えたい連絡メモ、親がポルトガル語で記入した家庭環境調査表、子供の作文など全部で七枚も。

「健康保険証はありますか」

連絡メモは「東京、箱根に修学旅行があります。四万八千円かかりますが行きますか」「健康保険証はありますか。あれば表紙と被保険者の欄をコピーしてください」といった内容。

「学校が好きです」

環境調査表には、家族構成や緊急連絡先、親から見た子供の短所、長所などの欄に、ポルトガル語でぎっしり記入してある。子供の作文はB5判用紙半分ほどの短いものだ。「子供がどんな気持ちなのか」と、先生が気にしているだろう文を訳したら「ぼくはこの学校が好きです。先生もできる限りぼくに話しかけてくれるし、ぼくも先生に話をしたい……」と、書いてあった。